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名古屋高等裁判所 昭和50年(く)19号 決定

抗告申立人 高木修

被告人 原田和也

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、申立人作成名義の即時抗告の申立書に記載のとおりであるから、これを引用する。

よつて、まず本件忌避申立の理由のうち、略式命令を不相当として、通常の規定に従い事件を審判することとした裁判官についても、刑訴法二〇条七号にいう「略式命令に関与したとき」と同じく、予断排除の原則に照らし忌避事由ありと解すべきであるとする点につき案ずるに、なるほど右の場合、当該裁判官において、略式命令の請求と同時に差し出された書類等を審査する関係上、事件の内容について、事前に、ある程度の認識を有することとなるとしても、そのことによつて直ちに当該裁判官が、具体的な心証の問題として予断を形成し、それが理由で不公平な裁判をする慮れがあると断ずることは出来ないから、右の所論は採用の限りでない。

次に、本件忌避申立の理由のうち、長谷川裁判官が、略式命令不相当として、自ら通常の規定に従つて事件を審判するにとどまらず、第一回公判期日に先立ち、職権をもつて春日井市選挙管理委員会より「愛知県知事および春日井市長選挙のお知らせ」などと題する同選挙管理委員会委員長森銖一名義の選挙事務用郵便物一通等の任意提出をうけ、これを第一回公判期日において職権により証拠調をしようとしたことをもつて、刑訴法二五六条六項、二四七条、三七八条三号後段の法意に反するものとして忌避事由に該るとする点につき考察する。一件記録とくに第一回公判調書、長谷川裁判官の「電話による照会に対する回答」と題する書面及び意見書を総合すると、長谷川裁判官が所論指摘のごとき措置に出た趣旨は、同裁判官が、略式命令請求と同時に差し出された書類等を審査した際、事案の内容等に徴し、事情の如何によつては裁判所法三三条二項による科刑制限を超える刑を科するのを相当と認める結果となり、ひいて管轄についても影響するところがあるかもしれないことを慮り、もし右のごとき事態となれば職責上当然刑訴法三三二条による移送決定の点について検討を要することとなることを考慮し、これに備えて同法四三条三項による事実の取調としてこれを行つたものであると解せられる。そうとすると、同裁判官の前記措置は、その意図したところからすれば、所論のごとく刑訴法二四七条、三七八条三号後段の法意に反するものとは認められない。しかし科刑制限を超える刑を科するのを相当とするか否か、ひいて管轄の点に問題を生じないか否かという点は、いずれも本案の審理と密接に関連するものであり、これを離れて形式的に判断することの出来ないものであることからすれば、同裁判官の前記措置は、その意図したところが前叙のごときものであつたとしても、いわゆる起訴状一本主義を規定し、予断排除の法則を示した刑訴法二五六条六項の法意に反する違法な措置であるというのほかはない。

ところで、除斥、忌避の制度が、終局判決の公正を期するためのものであり、審判の実質的内容の公正を保持するためのものであること、忌避制度が除斥制度を補充する機能を有するものであることに徴すると、忌避事由としての「不公平な裁判をする虞」があるとするためには、当該裁判官と事件ないしその関係者との間に、当該訴訟手続外の要因により生じた、除斥事由に準ずるような客観的事情があることを要するものと解すべきである。してみれば、長谷川裁判官のとつた前記措置は、前叙のとおり違法であるけれども、右の違法は証拠調に関する異議の申立、もしくは上訴の申立などによりその是正を求めるべき筋合のものであり、同裁判官が右措置に出た意図が、前説示のごとく、専ら刑訴法三三二条による移送決定に資するためのものと解せられること、そして右決定がいわゆる中間裁判でありかつ形式裁判であることからすれば、忌避事由としての「不公平な裁判をする虞」がある場合に当らないものというべく、本所論もまた採用の限りでない。

従つて、右と結論を同じくし、申立人の本件忌避申立を理由がないとして却下した原裁判所の措置は、正当としてこれを是認すべく、原決定に違法、不当の廉は認められない。

よつて、本件抗告はその理由がないから、刑訴法四二六条一項後段に則り、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 斎藤壽 裁判官 伊澤行夫 裁判官 上野精)

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